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先物取引の歴史

商品トレードのルーツは日本にあり

商品トレードのルーツは日本にあり実は、世界の商品取引の原点は日本にあったのです。

420年以上も前、1580年(天正8年)に、大阪佐堀川のほとりに「淀屋米市」という米の取引市場が生まれました。
当時の日本経済の基盤といえば「米」でした。米は貨幣と同じ役割をしていました。各藩の大名たちは、商業の中心地であった大阪に蔵屋敷を作り、米などを運び、これを商人に売って藩の運営資金に当てていました。

そこで、この商人たちが自主的に開設したのが「米市(マーケット)」なのです。このマーケットの画期的な点が、「米手形」でした。
「いちいち取引のために米俵そのものを動かしていては大変だ」ということから、「この米はいくらで交換できる」という一種の証券を発行していました。これが「米手形」です。この米手形によってトレードが行われていたのです。
やがて大坂の米市場は、日本の経済を支える流通市場となっていきます。

近代的な商品先物取引が始まったのは、 1730年に江戸幕府が、大阪堂島米相場会所に対し米の先物取引を許可したのをきっかけに、日本での正式な商品先物取引が始まりました。
1730年代当時、日本では年間2,700万石程の米の収穫がありました。そのうち、自家商品や年貢で消費された残りの米(500万石程度)が市場に出回りました。
500万石の約4割(200万石)が大坂で取引されていたと言われ、大阪は米の大市場だったといえます。

こうして、広まった商品先物取引は、収穫量によって農作物の値段が乱高下するのを防ぐ目的で収穫前に「受け渡しを約束」することで、生産者のリスクを低減させていました。

江戸時代に生まれた「商品先物取引」は現代においても生産者のリスクを低減させ、安定した商品取引方法として高い評価を得ています。

世界と商品トレード

「手形」と「現物」の取引という点で日本の米取引は画期的でした世界の先物取引の歴史では、1531年にアントワープ(ベルギー)で取引所ができていました。
しかし当時は、王侯貴族が自分たちの財宝や特産物を交換する、いわば現物取引だったのです。

1566年にはロンドン(イギリス)で取引所が設立されています。
しかしこれは主に通貨の取引を行う為替取引所だったのです。

その点、日本で行われていたのは「米手形(=証券)」と「米(=現物)」の取引という点で画期的だったのです。米手形によって、「1ヵ月後には米1石を現在の値段で売ります」「米一石を1ヵ月後の値段で買い戻します」という取引が行われていたのです。

そのようなわけで、現在の商品トレードのルーツは日本にある、ということになっているのです。


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